耳をすませば

5000人もの人々の声が(長崎旅行・3)

灼熱の太陽の下
海上にぽっかりと、灰色の島が浮かんでいます。
40分の船旅は決して快適とは言えません。船内も階上デッキも暑い事!

島は端から端まで高いビル群がびっしり立っています。これが・・・
とても大正時代のものとは思えません。
高層アパート、小学校、病院と、ガイドさんの説明を聞いてるうちに接岸です。
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昭和35年ごろ、島は閉ざされたと聞きました。

遊歩道が造られていてその3か所でのみ見学ができます。
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私たちと入れ違いに帰ってく船をコンクリート塀の隙間から見送りました。
青い空に、青い海、その美しさに心奪われました!

お日さまは容赦なく照りつけるのです。どこにも影はなく暑い暑い午後2時過ぎの私なんです。
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柵があって、敷地内には入れなくしてありました。船会社の真っ赤なユニフォームの係りの人
その人たちの案内で移動します。
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このように当時の隆盛を極めたころの写真を掲げてくださりとってもわかりやすかったです。

このころになって気が付きました。見学者は若い人たちばかりでした。
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観光船「軍艦島コンセルジュ」とかいうネームの入った若い従業員の人たち。
この暑い中、激務だなぁ~、汗をぬぐいながらよそ事を考えていました。
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コンセルジュって、どういう意味?
「良き(素晴らしい)道先案内びと!フランス語だって!」答えてくれた彼の顔。なんという男前
長崎の男性って、きりりとした顔立ちなんだ・・・・と、暑い中妙に感心するbaba!!!
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神社も灯台もありました。隆盛当時は島全体が明るく灯台の代わりをしてたみたいだったと。
球を追っかけて子供が飛び出してきそうな・・・気がしました。

私が中学生だった頃、島は閉ざされました。50年以上も昔のお話です。
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暑くて!暑くて!
もう、軍艦島出たいよ!休む陰は無いのかなぁ(泣)こらえ性のないアタシ^^;;
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思いつきで、猛暑の夏休みに、上手く手に入った見学チケットで!
炎天下の元、まるで別世界の様な島を訪れたこと、一生のいい思い出になりました!
帰りの船内で、冷たいおしぼりを手渡されましたが、最高のサービスでしたよ!



銭太鼓ってご存知ですか!。
和太鼓のように、たたいて音の出るものじゃありません。

今から10年ほど前、私は知ったのです。
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筒状の銭の入った棒を二本一対とし、ジャラジャラ音立てながら演奏します。

一対の値段は2千円くらい(当時)しますか?
みんなでつくろう・・・といって、筒の中に5円玉を一杯入れ手分けして作ったのです。
この銭太鼓を、振ったり、床に着けたり、回したりして音楽に合わせて演奏します。
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去年は「高校三年生」を演奏りました。奏者は12名。

今年は「美しい十代(三田明)、50年前の曲です。6月ごろ「振り」を決めました。
中に数名、しっかり演奏できる人がいます。彼女等をリーダーに!

その日から2か月間、毎週水曜日、7時から1時間少々、町の公民館を借りての練習!
和気あいあい、汗と涙(?)の8回の練習でした。メンバーは最高の顔ぶれです!
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黄色い法被の一曲目の演奏は「ソーラン節」
曲が終わってフィニッシュ!アッと驚く早業で赤いユニフォームに早変わり!

どうです!
2か月に及ぶ練習の成果は!
皆さん、立ったり座ったりの演奏は堪えるお年頃!なのに…なのにです!!!
銭太鼓チームの皆さんの、明るく晴れ晴れしいお顔でした!
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by kazumi1713 | 2012-08-25 10:28