お雛様
自分流
私の実家にはお雛様が無かった。いえ・・・正確に言えば有ったけれども飾ったのを見た事
が無かった。五人囃子から右近の橘・左近の桜まで揃った、それは立派なものがあった。
母が嫁入りに持ってきたらしい?
5歳の姉を頭に年子の私たち子供を残して父は出征していた。大戦当時水島を目掛けて
B29機の来襲が有りいつも「空襲警報」のサイレンとともに避難を余儀なくされていた。
防空頭巾を被っては全員で避難していたらしい。当時の母は病弱だった。
度重なる避難については行かれなくなった。電灯を切って親子4人息を潜めて屋内に居た。
各戸を町内会長さんが確認して見回ってくるかららしい。「死ぬならここで」と母は思った
らしい。当時おもちゃも無い時代、母は私達にお雛様を玩具としてあてがったとの事。
世の中が平穏になっても我が家の床の間にひな壇が飾られることは無かった。私達は
首の無い、着物の乱れたお雛様を箱から出したり入れたりの記憶は有る。
成長してデパートやよそ様の家で立派なお雛様を見ることは有るが、いつの頃からか
自分のお雛様を持たないことに慣らされてきていた。
今から20年ほど前友達のお母様から紙で作った小さな一対のお雛様を頂きました。
↑一番上の写真 2月になるとこの紙人形を出します。コレが私のお雛様です。
毎年そんな事を繰り返していました。10年ぐらい経ったある日、友達が陶製のお雛様を
持ってきてくれました。「自分に買ったのよ。貴女にもひとつ!」そういって下さいました。
その歳以来、この十年間私はこの「陶びな」を毎年飾ってこの時期を過します。
真ん中の二枚は手作りのお雛様2点です。荷造り紐を布でくるんだ一対と、折り紙教室で
折った鶴に手書きの顔を付けたお雛様。どれも友達の心のこもった手作り作品です。
と言うわけで今年は4組のお雛様が飾って有ります。自分流の飾り方して楽しんでいます^^
ドアを開けたところに一匹のバッタがいました。
本日一番のお客様は季節はずれのバッタさん!イヨッ!頑張ってるな!!!
by kazumi1713 | 2007-02-12 00:32