私の見た済夫島!

ガイドの金さんは40代の女性です。ブログに載せると一気に数百からのアクセスがあり海外旅行の体験談・写真を多くのブロがーさんたちが待っている・・・と言うことを旅行中にしっかり聞かされました。皆と遅れながらカメラを向ける私に仲間意識を感じたのでしょうか?

その彼女も生まれて初めていく「済夫島」と言うことでした。ソウルから車で北西へ走る事1時間ブドウ畑の棚の並ぶ山を抜けるといきなり海が開けゲートが見えました。海の中に一本道が繋がっています。歩いて渡る事は出来ません。一人100円を払い向こうの島「済夫島」まで車で渡ります。島は人口600人。周囲が?キロ(忘れました・宮島の半分くらいかなと記憶しましたが)
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↑ 料金所の向こうは海が広がっています。西海です!
  朝鮮半島は東海(日本海)と西海それに玄界灘に囲まれています。
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  あと 2時間もするとこの道は満潮で車が通れなくなります。
  とりあえず島へ渡りました。何は無くとも好奇心満載の車内でした。
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 2キロほど海上に造られた路を走り、シチメンソウが咲いて海を埋めている岸を上がると島内の案内看板が有りました。一番下の真ん中に着いたのです。
普通観光客はこの島で食事して過すらしいけど私たちは「通行禁止」になったら半日ここから出られません今日は2時過ぎから道は封鎖されるのです。

地図の右上・海上に架けられた遊歩道を2・5キロ歩く事にしました(地図をみてね。緑の山の向こうに一本の長い線がみえませんか?)
右に海、左は海までせり出した深緑の山肌間際の橋をテクテク歩きました。海の向こうは中国です。韓国の国鳥「かささぎ」を結構見かける事が出来ました。↓ 2枚目がかささぎです。波が橋の下を洗い異国の新鮮な空気を吸いながらの散策!思い出しても至福のひと時を戴きました。日頃の忙しさを忘れさせて貰いました。
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車は一般道を走って私たちを迎えにきてくれてました。島内はこれから満潮を向かえ孤立してしまいます。ここで昼食を取ってのんびりしていてはいけません。大急ぎで本土へ帰ってきました。
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誰も居ないと思っていた干潟に大急ぎで帰る海女さんを見つけました。頭には収穫の海草を乗せていました。

観光地独特のおどろおどろしいほどの看板の並ぶ一軒の食道の二階で食事を取ることにしました。「綺麗で眺めのいいところ」がガイドさんの言うところの条件です。二階の海の見えるいい場所に陣取って時間一杯道が海水に浸かり海になる光景を見る事にしました。
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二階で食事を待っている間にサイレンの音が響きました。通行終了の合図です。
ライトをつけた最後の車が通過したのをしおにゲートは閉じられました。海上に延びた道が不気味に満潮の潮を待つばかりでした。やがて音も無く干潟が潮に埋め尽くされていきます。

済夫島辺りから押し寄せた波は徐々にこちらに迫ってきます・・・道が沈むのにあと2時間はゆうに掛かかると言うことで惜しみつつ次の観光に向かいました。
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「モーゼの奇跡 海割れ」という仰々しい言葉も簡単に言えば・・・
潮の引いた向かいの島へ、一本の道を渡って景色を堪能し、島が孤島になる事も見ずして帰ってきたという。それだけの事でした。しかし5時過ぎまで待ってその事を見たかった!潮の満ちは早かった!

なあ~~んだ! なんて言わないでね。ぐんぐん押し寄せてくる中国からの満ち潮は迫力あって私には感動の済夫島だったのだから!
ガイドさんが「初めて来ました。凄いところ、今まで来てなかったけど良かった。サイコーに良かった」を連発していました。その事を付記しておきます。
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by kazumi1713 | 2006-06-30 10:28

カジノ

韓国3大世界遺産の旅・済夫島の海割れというのが今回のうたい文句。

「紀元前2~3世紀のコインドル」「宗廟」そして「水原華城」は確かに世界遺産を巡る旅と成りましたが副題がなんともオーバーで・・・しかしその事に釣られた私たちでした。

「モーゼの奇跡の再来、済夫島にて奇跡の海割れのご見学」ですぞ!
珍島なら知ってます。天道よしみがあの大ヒットで豪邸を建てたと言う「珍島御殿」の事、もう10年前から知っています。でも済夫島なんて!

目の前で海がザ・ザァーなんて割れるわけが無い。干いた砂浜を見るだけよね・・・なんて期待もしなくて九州のムツゴロウの干潟ぐらいを想像していました。ところが意に反して良かった! だからこの話が一番最後になってしまった。

その前にカジノの話もしておきたい(もったいつけてネ?ゴメン)
カジノ体験はちゃんとコースに入っていた。昨年済洲島でも機会が有ったがパスした。あそこは折からの「オールイン」のドラマのステージ。ロッテホテルが華々しく宣伝しているので行かれたはずなのにパスした。今回はいやおう無くヒルトンホテルに放り込まれた。

テレビで見たイ・ビョンホンが立っていそうな賭博場のテーブルの前に座らされた。私の持ち金は4万W(ウオン・5千円位)丸いチップが目の前に積まれた。テーブルには数字が一杯書かれてある。2倍、3倍のコーナーもある。自分の誕生日や息子のや・・・記念日なんかを描いては数字の上にチップをソロリと置く。男性の人が器用にルーレットの中に球を投げ入れる。止まった数字と一致するとその数字に賭けた人の所へチップが寄せられる。

何度か賭けていると要領が掴めた。素人の私のかけ方は手堅い!友人は結構強くて見る間に沢山チップが溜まった所で「止めよう」と言ってカウンターに持っていってしまった。防弾ガラスのチェッカー内で勘定してレジに13万Wと出た。130000-5000Wで日本円にして9千円儲けた。あっけなくて楽しくて喉チンコが見えるくらい笑った。うししだ!

飲み物はカクテルからコーヒーにいたるまで無料。集合時間までお喋りしたり他のテーブルを見て回ったりして過した。結構日本人のお客様もいた。なんという楽しい経験だった。撮影禁止なので一枚も写真はありません。

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by kazumi1713 | 2006-06-29 00:29

水原華城

韓国・水原市はソウルから南へ30分行った所にあります。中心部は石積みの城壁でかこまれています。八達山の小高い稜線を利用して周囲に城壁を巡らせた「城郭都市」で200年前李朝時代に築かれました。水原城とも華城とも呼ばれ、2002年世界文化遺産に選ばれました。
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↑ 市内に入ると大きなこの門が飛び込んできました。城郭には四つの楼門が有ります。私達は北の長安門から入りました。
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↑ 練武台です。韓国特有の様式で造られていますね。ドラマ「大長今・チャングム)や「茶母」の撮影に使われた所です。
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↑ 練武台を背にして南側の砲楼を撮ってみました。ぐるり一周すると5キロ一寸歩きます。晴れて暑い日だったので雨傘を日傘にして歩きました。梅雨の中休みの快晴です!

その昔はイチゴ畑の農村だった水原市も、韓国3財閥の創設者李ビョンチョル氏の三星グループの拠点となり、今はビルが立ち並び先年サッカー会場ともなり、活気溢るる城郭都市と変貌していました。

時間をたっぷり取ってくれているのでこの城壁に沿って歩きました。石垣に穴があり方位を変えて市内を見渡せるように造られてあります。
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「東北空心敦」で丁度真ん中あたり。石組みの美術品のような建物でした。どんなにも花は咲くのですね。絵を見ているようでした。
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稜線に沿った城壁を写真を撮ったり喋ったり・・・のんびりツアーならではの歩みでした。ガイドさんも数人のお供なので自分流に楽しんでいましたよ。彼女は韓国のブログの女王と自負するだけあっていつも、ここぞというポイントでは鉢合わせ。また良いポイントでは必ず声を掛けて下さいました。
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くねくねと続く右側の城壁、見えますか!あの石積みの壁には全て方位を上向き、正面、下向きの覗き穴がしつらえてあります2米間隔ぐらいにそれは沢山の数です。
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↑ 水原市の東方向に開けた町並みです。日本の元禄時代頃の城郭都市「華城」でした!
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by kazumi1713 | 2006-06-28 09:28

食べ物事情

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ソウルには三つの門があります。そのひとつ南大門を最初の夜歩きました。沢山の店が両側に立ち並び賑わっていました。明け方5時まで開いているという事でした。道の真ん中で露天商のおばさんが魚を売っていました。器用な手つきでなにやら裁いていました。パイナップルに良く似ていますが、これは「ほや」です。いつか東北で見て、食べた事があります。
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ツルリと剥いた所です。鮮度が落ちると臭くて戴けません?
形からして「海のパイナップル」と呼ばれています。


f0088569_015035.jpgこれは岩手の産地での写真を引用させていただきました。
瀬戸内ではまず見かけられない光景ですね。
こちらではさしずめ「牡蠣」でしょうか?
九州の「おきゅうと」と一緒で土地の人ならではの食感だろうかと思います。
何にでもカメラを向ける私です
韓国は「めがね」も結構安くて技術もいいので好評です。
友達はサングラスを買いました。フレームが日本では手に入いないようなデザインでした。


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これは日本では今時珍しくなった「まくわ瓜」です。と言うよりか他の果物に押されて少なくなったとでも言いましょうか?車の通る道端で山盛りになって売られていました。
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わざわざ車を止めてもらって買いました。
手前の袋入りが日本円で500円でした。ナイフも分けてもらいました。
それは100円、機内に持ち込めないのでホテルにおいて帰りましたが・・・
冷やして食べた瓜の美味しかった事、甘くて、冷たくて懐かしくて!

土地のおじさんは人懐っこくて、べっぴんには特に優しくて!
べっぴんって? モチロン私ですよ・ワ・タ・シ!!
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このツアーはスケジュールがあって無い様なのんびり旅行でした。
行き当たりばったりで決めた海岸沿いの店での昼食です。私の口には合わなかったですが。
釜飯のこの釜、石造りでしたね。さすが韓国です(石焼ビビンバ風)
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早咲きのハマナスです。雅子様のお印でしたね。潮風に揺られて可憐に咲いていました。
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by kazumi1713 | 2006-06-27 00:49

コインドルと宗廟

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空港から一時間西北に走ってカンファド(江華島)のコインドルに行きました。エッ!これが「世界遺産」と吃驚しました。広い野原の真ん中にたった一つ建っています。お墓の一種です。世界に500個在ってそのうち韓国が半数を占めているとの事。
・・・でもこれで世界遺産になるのなら吉野ヶ里遺跡のほうが・・・よっぽど・・・?

雨で足元がぬかるんでいました。
当地特有の赤土で靴がべとべとになりました。体重が重いから・・・

次に回ったのは世界遺産宗廟です。
うっそうとした森の中にあってそれは厳かかつ華麗なる風格の廟でした!
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見るもの全てが珍しく無差別にしっかり撮りました。
私と一緒にそこらじゅうカメラを向けているガイドさんに気がつきました。なんと彼女もブログ用に撮っていたのです。「仕事せ~よ」と笑いながら言った私。そのうち仲間意識で「ここもいいよ・・・」なんて教えてくれました。40代の女のガイドさんでした。
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屋根のてっぺんには龍の置物・これは天子様の象徴、裾には十二支の置物が飾られています。これはどの建物に在りました。沖縄のシーサーと同じですね!
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写真一杯ありすぎて・・・何を載せたらいいのか??
とにかく 深緑が美しかったです。日本で言えば明治神宮か伊勢神宮を広くしたような森の公園のような宗廟でした。
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この一枚が私のお気に入りです。
余りに多くの写真で模せられないのがザンネンです。それは又次回見ていただきますね。
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by kazumi1713 | 2006-06-26 09:57

シチメンソウ

広島空港から80分そこは韓国の仁川空港です。
東京に行く位の距離ですね。行って来ました。韓国へ!今度で4回目の訪韓ですがこの空港は初めてです。過去金浦空港2回と釜山港へ一回行ってます。釜山へは下関からフェリーで渡りました。

空港からソウルまで高速道路で繋がっています。海岸沿いを走っていて砂浜が赤い事に気がつきました。塩性植物・シチメンソウが生えていました。日本では佐賀県で見られる草で秋には海岸を真っ赤に染めてそれは綺麗な草ですが元は緑色です。朝鮮半島で見られる植物ですね!
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近くで見るとこんな感じです。
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今頃は薄いピンクですがはっきり撮るとこんな花です。
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青から赤へと変わるので七面鳥から名前を取って「シチメンソウと言います。
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今回の目的は「済夫島の海割れ」と韓国三大世界遺産を巡る3日間の旅です。ハングル文字の氾濫に驚かされました。日本だと漢字・カタカナ・ひらがな・英語等それは結構楽しめますが全てハングル。私には文字と言うより記号に見えました。
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かろうじて道路標識にローマ字が入ってくれてました。済夫島はジェブドと読みます。大型タクシーの移動で私は助手席に座ったのでまるで運転しているようでした。韓国は左ハンドル、右側走行なのです。ドライバーさんは私の左に並んで運転していましたよ。
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新緑はもう深緑になっていました。   つづく
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by kazumi1713 | 2006-06-25 00:47

南天

早起きをした。家の周りをカメラを持ってゴソゴソ!
さすがの2号線も車の量の少ない時間帯。南天の花を撮った。
パソコンに繋いで驚いた。その美しいこと。ちょっと見てね。
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ネッ!綺麗でしょ!秋に真っ赤な実をつけます。小鳥たちが啄みに来ます。残ることは少ないですね。実を乾燥して薬にして飲むと咳にききます。そこで「南天のど飴」と言います。

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足元には紫陽花が植木鉢の受け皿に無造作に浮かべてありました。
おはなの道子さんの悪戯?)でしょうか?
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我が家なのに・・・
今はキッチンの改造工事で忘れ去られている花たちですね。ゴメンね。
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裏の田んぼです。建物に囲まれた2反だけの水田ですが。
整然と並んだ早苗が朝陽で美しく輝いて見えました。逆さ倉庫が見えますか?
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早起きして・・・今朝のひと仕事でした。
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by kazumi1713 | 2006-06-20 10:10

いっぱいお喋り

毎年この時期友達に招待される。彼女は花が好きだけど紫陽花が特に好き!庭のアチコチに幾種類もの花を咲かせていて、私の好きなことも知っていて、綺麗な内に見せたいので「早く来い・はやく・・・」とせかされていた。

ある日思い切って出かけた。昼食を支度して待っていてくれた。赤、ピンク、ブルーと種々咲いている中、私の好きなブルーの紫陽花があったので パチリ。
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彼女も好きだって! 玄関に活けてあった。額の色が微妙に違う。
沢山咲いていたけどこの色が一番好きです。雨に似合う色のように思います。
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雨の中傘差しかけてしっかり撮りまくりました。

帰り道いいことが有った。前を行く車の番号が私のブログナンバーだった。記念に一枚・・・と思ったが走行中は一寸?どこかで別れるかも、と心配したけど巧いこと信号に引っかかった。「ヤッター」なんてしょもないこと喜びながら一枚(かなりしつこく後を走りました)
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ところで・・・私のナンバーは「84-93」で。友達が「早ヨ・きんさい」と名づけてくれた。どうでもいいことだが??

雨に似合うのは紫陽花ばかりではない!
うちの裏は2反の田圃だ。この頃は何でも機械だから、この田も1時間も掛からず田植えされた。ついこの間の事!
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これから半年間、草取り、薬品散布、ネット掛け・・・何かと農作業に手が掛かる。その労苦を見ていても、秋の収穫のとき一俵だけ横取りしたくなる。ヤッパリ自家米は美味しそうに感じる。だが実行に移したことはない(当たり前)

友達が退職した夫と陶芸に通いだした事は聞いていた。今日季節の花を入れて持ってきた。この花瓶私の第1号作品よ!そう言うのへ鸚鵡返しに大皿じゃなかった?と切り替えした。花瓶では初めての作品よ・・・と言いながら「藍色が濃い過ぎて黒に見えない?」と付け加えた。

「しまった」と心で思った。大切な作品1号の花器を褒めることなく当たり前に飾ってしまった私だ。許せ!それがこの写真です。右端に見える丸い花はにんにくだそうです。
花の名前は解らないのはいつもの事(-_-;)
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去年鹿児島へ行ったとき撮りました。
北緯31度の標識の立つ岬でなに気に撮りましたが、南国らしくソテツの葉が混ざっているあたり、
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なんとなくダイナミックですね。
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by kazumi1713 | 2006-06-19 00:25

旅人の道標

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大きな交差店の脇・旧道にこんな道標(みちしるべ)を見つけました。
この地名は土地の人から、昔から○○十字路と呼ばれていました。今は車がビュンビュン行き交う南北の交通の要です。お墓参りの時いつも通り抜ける・・・土地に詳しい人しか通らない小路の分かれ道に立っています。半分近く減り込んでいますが「下村」と言う字が読み取れますね。その上に金に丸か付いていますが。見えますか。もう一枚・・・
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江戸時代、人々は信仰の聖地としてお伊勢参りをしました。当時金比羅参りも盛んだった様です。金比羅山と由加山をお参りすることを「両参り」と言われたそうです。丸山応挙の襖絵も残る古刹・蓮台寺の在る由加山はその昔巡礼の人々が多く訪れたものです。
この道標はどうやらその由加山の蓮台寺へ向かう道を示しているように思えました。

右「下津井」 これは船で金比羅へ渡る港町の名前です(今は瀬戸大橋のつけ根に当たる所に在る漁村です)讃岐・丸亀まで昔の人は海上を往来したことでしょう?森の石松もこの航路をわたったのかな?いや浪速から讃岐の金比羅山へ行ったかも?
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この道標はきっとそういった昔の人の旅の道標だったのだろうか・・・と感動しながらカメラに収めました。下村(現・下之町=私の生地)へは4キロ・下津井には10キロ以上はあるかと思われる地点です。


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土に埋もれた下にはきっとこんな文字が彫ってあるのかなあ~と思いますが。「右下村村是より一里 左下津井港三里」なんて!
今はタンポポの花に飾られ、赤いざくろの花が彩りをそえて、ひっそりと佇んでいました。どなたかこの事について話して下されば・・・とか思ったりもしましたが離れた所に違法駐車いていたので駆け足でその場を去りました。何となく100年以上経った道標だと思いましたが?

今店に飾っている薔薇の花で終わりましょう!
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by kazumi1713 | 2006-06-17 09:05

水辺に立ちて

ご近所の葬儀で一日延ばしになったお墓参りに行きました。
ふる里の海の見える丘の墓地に亡き夫は眠っています。
墓地を造るにあたってはあれこれ悩んだものですが
最終的には我が生まれ故郷の倉敷に決めたのです。それまで私は児島
・呉・福山と住まいを変えました。呉に10年、福山に30年住んでいます。

どこに住んでも生まれ育った児島(倉敷)とは縁が切れないだろう・・・が私の考えでした。両親が相次いで20年ほど前に亡くなってからはこのふる里も月に1~2度の墓参りだけの安息の所となってしまいました。だからでも有りましょうか・・・行く度にどこか回って帰ってきます。矢張り海をボゥ~と眺めることが多いですね。
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児島から玉野市へ抜ける海岸線は瀬戸大橋を真一文字に見渡せる最高のポイントです。町中を抜けると白砂青松の砂浜が続きます。それは瀬戸内でも有数の海水浴場「渋川海岸」まで続いています。車寄せに置いて立った場所が絵葉書になる風景~其処から橋はもとより四国の坂出・高松がくっきりと見えます!!
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高いところから橋を眺めることは多いのですが今回は水際まで下りてみました。水は思っていたより綺麗でした?小さな波が押しては返し旋律に乗る音楽のようでした!この海で泳いだのは・・・なんと50年も前の話・・・なんて月日のたつのは早いことなど思いました。
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くるりと振り返ると其処は山です。「王子ヶ岳」というこの山は国立公園になっていますが今にも落ちてきそうな岩が、なんとも面白い景観です。私の立つ浜辺の名前は「唐琴の浜」その昔唐の国の琴が流れ着いたとか聞いてます。唐琴と王子なんかメルヘンチックですね。
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青い海草が浮かんでいます。これで膝が浸かるくらいの深さです。澄んで綺麗な海に安心しました。この辺りは岩がゴロゴロしていて泳ぐには危険です。この沖で地引網をしていました。だから「引き網」という地名が今も残っていますよ。
仕事時間が迫ってきたので大急ぎで帰ってきました。
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by kazumi1713 | 2006-06-14 09:45