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いよいよ

明日になりました!
皆さん!
 御無沙汰してます。頑張ってますよ(明日の選挙じゃありません)!
 
 さっき、ハッピを風に当て干して来ました!
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 このハッピを何人の人が、どんなときに、着るのでしょう!

 この日に備えて、一生懸命練習してきましたよ!
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 とっても多くの人々の集まりに成りました!嬉しいです!
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 大好きなイチジクいっぱい食べて。これから最後の役員会^^♪うふふ!!!
(冷蔵庫から出して、直ぐ撮るとこんな風に写るんですね。ヒエ・ヒエよっ!)
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by kazumi1713 | 2009-08-29 08:48

銭太鼓

8月30日は14周年祭です!
ドアを開けるとジャラジャラと楽器の音がして来ました。ソーラン節の曲が流れています。
みんなビックリするだろうなぁ~と思いながら一階の和室まで行きました。

毎週水曜日は「銭太鼓」の練習日です。練習を始めたのは6月の事でした。
8月最後のの日曜日・30日に当店の14周年祭が有ります。そのイベントに銭太鼓の発表が有ります。暑い中、忙しい合間を縫って、13名の奏者の皆さん、練習して下さっているのです
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今から三年前、イベントのひとつとして銭太鼓を入れました。
それまでの私は銭太鼓と言うものを見たことも無かったのです。どんな大きさの太鼓かなぁ、どうして銭なんて言葉が付くのかしらって?それくらいの知識しか無かったです。

その年の五月、近所の先生のところへ出かけました。初めて見たそれは棒でした。30センチ位の竹筒の先っちょに房が付いていて揺するとジャラジャラ言いました。これが太鼓だって!
主だった生徒さんと数回通ってあっという間に2曲をモノにしました。
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15組の銭太鼓を作りました。買えば3千円以上するとか。竹筒を貰ってきてテープを巻きます。中には5円玉を数十個入れました。みんなで作りました。仕上げは房を作って両脇にしっかり取り付けです。
それから、懸命に練習です。赤い方は左手、青いのを右手に持ち、回したり、飛ばしたり、膝元でコネコネしたりします。失敗してポロリと落とします。アハハと照れ笑いしながら続けます。どこかで、だれかが・・・ポトリです^^;;

11周年の大会に15人が華麗なる銭太鼓を披露してくれました。言葉にならぬ感動でした!
本格的に先生に付いたのは、たったの数回です。それなのに・・・期待以上の出来栄えでした

3年ぶりに銭太鼓を入れてみよう!そう思いました。そして今回は13名で結成しました。
毎週水曜日公民館に集まって練習です。暑い中、家事をやり繰りして7時からの練習に、みんなは集まってきました(という事です)役員さんから色々と情報は受けますが、その進行具合は見たことは有りません。

練習回数も今週とあと・・・もう一回、来週の水曜日しかないという夜の事。思い切って練習風景を見に行く事にしました。営業中なので出にくいのですが灯をつけたまま鍵を掛け飛び出しました。これって、意地悪い抜き打ちですよね。
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公民館の一階、和室に13名の人達は汗を飛ばしながら練習の真っ最中でした!
1・2・3・4と、2・2・3・4!!! ソーラン、ソーラン!!!

ウ~~ンと唸ってしまいました。なんと、全員が揃っていて、華麗なる腕捌き、短期間でこんなに上手に出来るものか!見ている私の事など、眼中になく指先に火花を散らして練習していました。当日の座る順序になって、リハーサルの真っ最中なのです。

こんなに揃うって事は、練習の成果とはいえチームの「和」なんかなぁ~。仲良しさんがお互いに教えっこして、今日の日までの2ヶ月間頑張って来たんじゃないかなぁとか。そう思った!胸の中がキュ~ンと熱くなった。みんなを見る目が変わってきた。いつもいつも、ボケ老人と呼んでいて。すんません^^;;
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私は正座が出来ません。立ったまま、高い所から見ていました。ごめんなさい。でも、皆さんのこの練習風景を見て、14周年祭にかける思いを改めて強く高めたものです。
これだけの演奏が、プログラムのひとコマしか登場しないって事、そのことを思う時、大切に扱いたいと心に誓いました。皆さんの篤いお心を見せて頂いた銭太鼓でした。

そういうわけで、大きなイベントに向けてぶっ飛ばしています。皆様の所、
行かれなくってごめんなさい。少しこの催事に掛けてみようかと!
いえ・・・掛けなくてはいけないのです。ぐわんばります!

息抜き
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by kazumi1713 | 2009-08-23 22:26

汗がポタポタ

暑い中、タイヘンだぁ~!
大きな車が2台来た。縦と横にL字型に止まったよ。
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今日は店、お休みです。狭い駐車場を目いっぱい使ってトラックは止まっていました。

数日前から店内が臭います。まるで田舎の香水プンプンです(この言い方いけないね^^;;)
これって浄化槽のモーターが作動してないな・・・って思いました。
運(ウンです)悪くお盆休暇を挟みました。数日この臭いとお付き合いする事に。

まぁ、築30年ともなれば・・・。最近多くの故障が、副産物を連れてきます。
どれもコレも、ワタクスから彼・福澤諭吉さんを連れ去っていくのです。チィッ!又かよ(怒)
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今朝見に来てくれました。エアーポンプが壊れていて新しいのに替えました。数万円です。
ついでに、浄化槽内の汚水交換・・・と言う事になったのです。

それにしても大きな車だこと。浄化槽の汚水を入れ替えるのです。
バキュームはとっても強力な仕事します。
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お兄さん、この中の水どれくらいあるの。あのタンク、満タンになるの。満タンってどれ位?
矢継ぎ早に質問攻めのワタクス。お兄ちゃんは懸命に作業中。でも、時々顔を上げてはニッコリ、チャンと説明してくれます。合いの手にチラチラ「お母さん」って呼ばれます。生んでないよ!あんたの事^^;;
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ヘェー、このタンクの半分入るんだ。でも・・・どこへ捨てるの?こんなにたくさん??
それはね、ちゃんと綺麗な水にして流せる工場が有るんだよ、お母さん。「ドコ、何所よ!」

○○の××、知ってる、お母さん!知ってるわよ、あんた、生んでないよ^^;;
今度は水道水で綺麗に洗い流しながら、教えてくれた。チャッチャと仕事してよ(と心で)
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そして・・・。もう一台の車、このタンク内は水が入っていたのです。
「これまでは、ウチの水道水使ってたよ。数時間後に止めてました。水持ってきたの?」
最近は持ってきて入れてます。そうかぁ、こりゃぁ、早く済むなぁ、でもたくさんの水、工業用水っていうヤツ?いいえ、井戸水なんです。そういいながらあっという間に満タンになりました。

ウチのこの浄化槽は2トンの水が入ったそうです。このタンク内の半分の水だそうです。
二人のお兄さんが、汗をポタポタ流して30分の作業を終えました!これまた数万円。

暑い、夏の日の昼下がりの取材でした。今は臭いは消えました!!!

記録
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by kazumi1713 | 2009-08-19 08:39

強い人っているのかなぁ!

くじ運
窓から涼しい風が入ってきます。なんだか秋のようですね。

買い物に行きました。1万円ほど支払うと、抽選券を呉れました。
「2回引けますよ。今日までなんです」あそこです。見ると人だかりが出来ていました。
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わたし、当った事無いのよね。てな事言いながらヤッパリ抽選券を貰いました。
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温泉が当ったらいいなぁ~、なんて。
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一回目、白い玉がポトリ。何が当ったのかな。
二回目も・・・白い玉でした!
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ヤッター!当ったよ^^♪

ハイ、思ったとおりティッシュペーパーでした(--;;)
記念にパチリと写真を撮りました。

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帰ってから写真を見ました。
洗剤、ティッシュペーパー、トイレットペーパーなんかが写ってました。

なんでだろ、一生懸命抽選機回したよ。どうしてかな、一回も当った事無いよ!
くじ運の強い人っているのかなぁ。ささやかな夢を見た5分間の出来事でした!!!

チョウチョ
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by kazumi1713 | 2009-08-18 09:05

ひぃ~ちゃん

行く道!
家の前を走る国道2号線、お盆の間は交通量少なかったよ。
町から子供達の声が消えた。テレビでは渋滞の模様が流れている。
どことなく違ってて、どことなく気忙しくお盆が来て、去っていった・・・ような!

さて、私の山田甲八さんのお話でしたね。
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波頭に立って振り返って撮ったふるさとの町です。昔、このあたりは塩田でした。しっかり埋め立ててこのような住宅街になっています。そんな話を出来る人は減ってしまったなぁ~。
入浜式の塩田を真っ黒に日焼けした「浜子さん」という、従業員さんが重労働をしていました。熊手の大きいので浜を撫でながら歩いていたような。そんな作業を思い出しました。

山田甲八さん、ひぃ~ちゃんは今日はリハビリの日です。家に行くより病院の方が早いなぁ。
そこで病院へ突入。受付で聞いて二階まで上がりました。ベッドの人、歩いてる人の中にひと際大声で喋っているおばあちゃんの背中が見えました。20年ぶりに会います。でもうしろ姿でもその人だと分かりました。

「ひぃ~ちゃん、来たよ」と言って背中を撫でました。振り返ったその人はヤッパリ!
胸がキューンと成りました。涙はかろうじてグッと堪えました。
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「声が見えたよ」と言うと
「あんた、ふみちゃんにソックリじゃなぁ。」と嬉しそうに言いました。
「わっちはなぁ、耳が遠ぉ~なって、聞こえにきぃんよ。大きな声でごめんな」いえいえ、そんな

どこか行こうと言ったが断った。おばさん、ここで話そうよ。涼しゅうてええが、ジュースは買うてくるよ、何て話していたら若い理学療法士さんが一緒に撮ろうなんて寄ってきた。
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撮るよ、というと若い彼女に寄り添ってポーズをとる。若い以はこんな所にあるかな。
賑やかに言うて写真に納まった。小さくなったひぃ~ちゃんだこと。
母のなくなった時、叔父さんと一緒にご詠歌を詠ってくださった。あれから21年経ったのか。

「いくつ?」って言うと鼻を膨らませて92歳じゃと答える。みんな死んでしもうたよ。
そこからあの人、この人の話が出る。お定まりの嫁姑の話も出てきた、エッと思うくらい記憶力が有る。どこそこの、だれそれが、神戸で、なにをどうした・・・なんて細かい事までしっかり話してくれる。
お話は果てしなく続くけれど、全部ひぃ~ちゃんばっかりだったよ。
そ言えば母はもっぱら聞き役だったような。ワタクスもしっかりその代役をしたような。

聞けば一人暮らしとか。年齢を聞くと確かに高齢では有るが、立ち居振る舞いはしっかりしている。動作も早い。自分の事は何でもできる。家へ行くと迷惑掛けるので、涼しい病院内の椅子に腰掛けてしっかり話した。
ひぃ~ちゃんの言葉も動作も母に重なってしまいます。聞いているだけでほっこりしてきます。
「しゃべりがごっつぉ」の言葉通り、喋った、喋ったよ。あっという間に別れの時間が来ました。

わっちは今日の支払いをしてくるナ、そういってあっという間に受付へ行ってしまいました。
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こんな元気なお年寄りなら、長生きもいいかなと思いました。でも秘訣を聞かねば。
カメラを持って探すと、支払いながら喋っている後姿が見えた。カッコいいなぁ!
「○○ちゃん、寿命は遺伝じゃ無いよ。きょうだいでもわっちだけが長生きじゃけん」と言ったけど、ワタクスの姉兄はどちらも既に亡き人。わっちも長生き出来るかな。

がらぁ~ん
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by kazumi1713 | 2009-08-16 11:36

山田甲八さん

しゃべりが ごぉつぉぅ(お喋りが、ご馳走)!
先週、電話があった。いきなり言われた。

「そちらに、○ちゃん言う人居る」うん、私よ。「あんた、ふみちゃんの娘?」そうよ!
「ワッチはひぃ~ちゃんじゃが。解かる?」解かるとも、わかりますとも。
お母ちゃんの幼馴染みで、年がら年中ウチへ来てはお喋りしてた人なんだもん!

おばさんのあだ名は「山田甲八」さんなんよ。ワタクスがつけたの^^♪
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話は春先に遡ります。お墓参りの帰り、時間が出来たので実家の近所を歩いていました。お花を撮ったり、海を見たり。気がつくといつもは通らない道へでていました。
「ここ・・・?」ひぃ~ちゃんの家だ、生きていれば90歳過ぎるかなぁ~。20年前に亡くなった母とは幼馴染なんです。周りの風景はすっかり変っているけど、路地の奥のその家の門構えだけは変わりなかったです。

見上げた表札には小父さんの名前が掛かってました。嬉しくなりました。ソロリと格子戸に手をやると、鍵が掛かっていました。留守なんだ・・・独り言言って帰りかけるとお隣から女の人が出てきました。
「あらら。A子ちゃん、私よ」ホント。一つ上の幼馴染のA子ちゃんでした。何年ぶりかなのに幼い頃の面差しが残っていて直ぐ解かった私です。そういえばお隣さん同士だったっけ。
今年92歳で、一人で暮らしている事。この春先、転んで右腕を骨折、今は娘宅へ身を寄せているとか。帰って来たら電話させるわと言って下さった。慌ててメモ用紙を渡して帰って来た。
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あるとき、母とひぃ~ちゃんが東北旅行をしました。もう30年以上も昔の事です。
バスに並んで掛けていました。まぁ、とにかく息をいつするのかな・・・と、思うくらいずっと喋り通しのおばさんです。母はいつも聞き役に廻っていたようです。バスの中でもずっとそんな調子だったろうかと思います。

「ふみちゃん、山田甲八って、ここらじゃ有名な人なんじゃなぁ?
見て、みて。あっこに書いてあるじゃろ。ア・アッ、ここにも。よっぽど有名人なんじゃなぁ!」
母はひぃ~ちゃんの指差す方を見て驚きました。確かに山田甲八とは読めますが。
「八甲田山(はっこうださん)」という文字が飛び込んできたのです。これから行く所なんです!

そのときから、ワタクスの中では、、ひぃ~ちゃんイコール山田甲八さんなのです^^;;
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その・・・甲八さんが「会いたい、会いたい」を電話の向うで連呼します。話していると児島弁丸出しで。なんか、お母ちゃんと話しているような。それにしても、一人暮らし。電話も・・・?病院も週4日毎日杖をついて一人で通っているって。ふぅ~ん、92歳ネェ。会いたいそう思った。
「おばさん、今週中に行くよ。待っててね。と言いました。××・ムニャムニャと言いました。
エッ、なによと聞きなおしました。
「しゃべりが ごぉつぉぅ。何も持って来なんなヨ(くるなよ)。土産も仕度せんからナ」

今度ははっきり聞こえました。良い言葉じゃなぁ。味わい深いお年寄りの言葉。
はいはい、もみじ饅頭も持って行かんからなぁ~と心で返事しました。

そのおばさんに会いに行って来ました。こんなに長い話になるとは思って無かったです。
続きは明日にします。すんません。
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初物
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by kazumi1713 | 2009-08-13 08:34

子育て放棄の親

意外な進展だったよねねぇ~!
毎日変な天気よねェ。降ってばっかり!
それなのに、お盆がそこまで!このまま・・・冷夏で終わっちゃうのかネェ~♪

最近、marriさんテレビの話で忙しいのよね。そうそう、ゲイノー界の事。
のりピーと大原○子と、押尾×の話なんぞ。だって何処のチャンネルもそればっかり!
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逃走の事、潜伏と発表したじゃ無い。たくさん下着買い込んだのは逃走準備じゃ無いかしら?
最初、子供連れて居なくなったから心配してのよね。テレビを見ては・・・。
その後、子供さんは預けられている事が解かりホッ^^
今度は、山梨でもうこの世には~。なんて思っちゃう報道合戦だったなぁ。
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弁護士さんに付き添われての出頭しました。一週間の逃走劇は終わりました。
結局、尿検査で反応が出ない期間の時間稼ぎだったのかなぁと?
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「うん・うん。聞いてますよ。でも、お食事に忙しいのよ」
みんな、テレビで知った情報交換で忙しいけど。喰うに忙しいアタシ達にゃぁ^^;;
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この、お天気じゃぁ、人の噂話どころじゃぁ無いのよね。
結局1年~1年半でしょ。しかも・・・執行猶予がついたら(ムニャムニャ)
あぁだ、こうだと大騒ぎして、また忘れ去られるお話なんよ!!!
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それより、ボク達、連絡を蜜にとって、大原○子に成らないように。
幸せな、老後を目指そうよ。なぁ~~**☆**~~♪

スミレ茶
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by kazumi1713 | 2009-08-10 10:11

傷あと

64年経っても
広島の町は、64回目の8月6日を迎えました。
麻生総理大臣をお迎えして「平和記念祭」を行いました。
この一年間で亡くなった人の名簿は5000名を数えました。傷あとの深いこと!
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15日には終戦記念日を迎えます。テロならわかるけど戦争を知る世代が減ってきました
「千人針」なんて知ってるかしら。先日の地方紙に載っていた言葉です。
モチロン、私は知って居ます。れっきとした戦前の生まれです。
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1メートルほどの白布に、赤い糸で千人の人に一人一針ずつ縫って結び目をつくってもらう。
兵士はこれを銃弾よけの護符として腹に巻いたり、帽子に縫いつけたりしました。

寅年の人は自分の年齢だけ結び目を作る事が出来ます。
虎が「千里を行き、千里を帰る」と言われている事に由来しているんだそうです。

こんな話、今の若者達は解かるかしら。あの時代の人は、忙しいからといって立ち去るような事は無かったそうです。チャンと順番を待って、紅い糸で玉を結んで呉れたそうです。
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その他にも、穴の開いていない五銭硬貨や十銭硬貨を縫いこむことも行われた。
これは「五銭」は「死線」を越え、「十銭」は「苦戦」を越えるという事に由来しているからとか。

映画やテレビドラマでしか見た事無いけど。出征する人、あるいは出征して前線にいる人の武運長久を祈って作られたのでしょうね。
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父は2回出征しました。無事に帰ってきましたが、千人針持ってたのかなぁ~!
こんな事は、新聞で知ったお話です。息子に話したらなんていわれるかしら。

広島の原爆ドームを見ていたら、今のこの幸せには余りに多くの犠牲があった事を
再確認せずには居られなくなりました。
時にはこんな話で、御免なさいね。平和っていい事ですね。
(写真は資料からお借りしました。転載お詫びいたします) 

素晴しい人
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by kazumi1713 | 2009-08-07 23:00

顛末記

死んだ真似してました^^♪
バイバイ、といって友達を送り出しました。ついでの便に郵便受けを覗きます。

大きな角封筒が入ってました?
医師会総合健診センターの封筒の中味は「個人健康診断結果通知書在中」とありました
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そうだった。先日の健診結果は一ヵ月後に郵送だったっけ。

毎年何も無く来てました。今年は何気なく・・・どこぞって思っていました!
ヤッパリ。
異常所見なしの文字の並ぶ中に「肺がん健診(胸部X線検査)の所に文字が並ぶ。
「左上肺野結節影(10mm未満)疑い

肺の写真の上に、黒い点がある。聞いた事も無い名前だ。
封書の中には主治医へのカルテが添えられて、診察後の結果を返送するようになっていた。

慌ててパソコンで検索してみた!有った・・・有ったよ。この病名の欄が!
胸部X線の影は、結節影(大きさ3cm以下)と腫瘍影(3cm以上)に分けられ、
名前の違いは予後の違いを反映したものだそうです。

とにかくCT検査を受ける事。その結果次第で詳しいことがわかると書いてあった。
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次の日(先週の水曜日)主治医の所へすっ飛んでいった。
「こんなとき、何処へ行ったらいいかなぁ」と暢気なワタクス。先生は直ぐ連絡を取ってくれた
市内で1~2を争う大きな病院へ紹介状を持たせてくれた。その日のうちに大病院へ!

CT検査は、多くの順番待ち。その中を掻い潜って・・・待たされることも少なく撮影
ベッドに横になり「深呼吸・止めて」を繰り返して終わり。呆気ない検査だった。

「普通だと直ぐお話できますが、今日は担当医はお休みです。その事は主治医には伝えて有ります。詳しい結果は、来週の水曜日になりますが。検査の写真はお持ち帰りしますか」と言われた。

なんだ、そうか!先生が居ないんじゃぁ仕様が無いな。写真は貰って帰ります。

生検(組織の一部を取って顕微鏡検査を行うこと)をするのだったら一週間位休むかな、再度精密検査と言われた場合は何処の病院にしようか、即入院と言われたら、ここへ・・・等と。

車の中で考えながら主治医の元まで帰ってきました。
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「センセ!このまま帰ったら、今日から一週間死んだ真似するよ!見て!教えてチョーダイ」

先生は5枚のフィルムを並べて解かりやすく教えて下さった。体のこの部分を縦割りにして足の方から見ているんだよ」とか「炎症があるなぁ~。血液多めに貰うよ」とか言いながら渋い顔。それでも結果は言っては下さらなかった。それは大病院の医師の所見待ち。

その日から、一週間何処へも出かけなかった。いや・・・行ったけどお墓参り位かなぁ~!
映画も、温泉も、休みの遠出も。何もかもやる気をなくして、家の中でトドの昼寝^^;;

ごく少数の友人に、このややこしい名前の事をお話した。
「もし・・・だったら、旅行は中止、お店も止める」などと気弱な事を言ったり
「あはは!結果待ちよ。ワタクスに病気は似合わない。肺がんなんて・・・。アハハ!」
と言ったりしてヤケ喰い!
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一週間経ちました!
なぁ~んも無し。「良かったね、昔の病気の影が残ってたんですね。だって!
♪~そうよ!そういわれると思ったよ~♪ そんなワタクスと、
~入院しなくて良かった。元気で良かった~ そういう心が交差して弾んできました。

水曜日の結果報告を心配してくれてた親友二人から電話が届いた。
「じぇんじぇん、気にして無かったよ。ワタクスは元気印なんだから」
と強気のラッパを吹き鳴らしながら、自分ごとのように気遣ってくれる親友が居る事を、どれだけ嬉しく感じたことでしょう。
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一喜一憂しながらこのように元気に暮らしています。
どうも、どうも、お騒がせいたしやした。最後までお付き合いくださりありがとうございました!

乾杯
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by kazumi1713 | 2009-08-06 09:12

下津井瀬戸大橋

藤戸合戦、児島合戦
トロトロと坂道を下ると下津井港が見えてきた。ここから讃岐・丸亀に渡っていたのはもう20年も前の話。今は瀬戸大橋が架かっていて児島ー坂出間は10キロほどで繋がっている。
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この、下津井瀬戸大橋ほぼ中央が香川県と岡山県の県境になります。全長1447m,主塔の高さは149m,橋桁から海面までは31mです。この橋のケーブルは,鷲羽山の景観を損なわないとの配慮から,その北端を2本のトンネルの中にコンクリートで固定されており,この工法は世界でも珍しいものです。
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ゴットン・ゴットンと音がします。見上げると電車が通っています。岡山までを結ぶ高知、高松線と繋がっている本線が一階部分を走ります。そして・・・二階部分が車の通る道です。
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今日はお墓参りで児島までやってきました。さっきは高速道で土砂降りに遭いました。通行帯に片寄せて止まっている車も有りました。ノロノロ走行で命がけでした。ホントよ。
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こういう事も出来ます。橋の真下に立って端から端まで撮って見ました。長さ1447m、海面まで31mですね。人が小さく見えます。
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雨上がりの風景はボンヤリしてますが。晴れてたら坂出の工場の煙突から、煙まで見えます。公園の端っこに「碑」が見えますね。チョットアップしてみます。
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行盛さんかぁ~。平清盛のお孫さん、歌人でも有りますね。ここは藤戸の戦いでも有名

藤戸の戦い(ふじとのたたかい)は、平安時代の末期の寿永3年/元暦元年(1184年)12月7日に備前国児島(岡山県倉敷市)で源範頼率いる平氏追討軍と、平家の平行盛軍の間で行われた戦い。治承・寿永の乱における戦いの一つ。藤戸合戦、児島合戦とも言いますね。
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同じ世を過ごし、一緒に月を眺めた人たちはもう亡くなってしまって、波の上の月に面影が思い浮かぶばかりです――なんと悲しいことでしょう
(キャァー!右端に・・・。カメラを覗く、ワタクスが写ってるよ。ギョギョッ!!!)
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海上から眺めた「下津井瀬戸大橋」です。ワタクスは画面左端の橋脚のある公園から撮りました。そうそう、行盛さんは負けちゃうのよね。

「1184年、備前国児島で佐々木盛綱(モリツナ)に敗れ、翌年壇ノ浦で入水」
でも、壇ノ浦に、行盛さんの塚だけが無いのです。そして奄美大島に落ち延びたといいます。奄美の島には
敵の源氏がいつなんどき攻めて来るかわからないと言って、龍郷の今井崎と笠利の蒲生(がもう)崎に、番人を配置して沖行く船を見張りさせたというお話なんぞ・・・あるとか!
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雨の走行
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by kazumi1713 | 2009-08-02 09:36