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盛夏

私は だぁ~れ?
みっちゃん家に、毎年なるのよ!
必ず、切り取られてmrriさんちへ出てくるの^^♪

みんな、「♪~可愛い~♪」
そういって目を細め、遠くを見るようなお顔になります!
一瞬、幼き頃の思い出に浸るのかな!marriさんはこの赤い色が大好きなんです!
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「カニ!」
いいえ、食べるものじゃ無いの!

英名では Chinese lantern plant
漢字では鬼灯と書きます。実が赤く妖しげな提灯の印象からです。

日本の仏教習俗であるお盆では、ガクに包まれたホオズキの果実を死者の霊を導く
提灯に見立て、枝付きで精霊棚(盆棚)に飾る・・・・と有ります。
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なんだ!ほおずきかって^^♪ そうなんです!盛夏らしいでしょ!
中の種・・・。取って(とっても苦労して^^;;)ならすのよね。
果実を鳴らして遊ぶ子どもたちの頬の様子から「頬突き」と呼ばれるようになった!!!
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marriさんは海辺で育った子。海ほおずきを鳴らして遊んでいたんだって!
知らないっていう人が多い。探してたら有ったので掲載して貰いますね。
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昔はこんなものをならして遊んでいたのね。
みっちゃんは上手に育てるんだって。みんなは口々に
「家のほおずきは虫が喰って!こんなに綺麗じゃないのよ」なんて!喚きます!
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こうして立ってるだけなんだけど。幼い頃の思い出に浸って下さいますのよ^^♪


検便
年に一度のがん検診!今年も行って来ました。
大腸、胃、肺、乳がん、子宮がんだったかな。5000円位なんです。
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8時から受付って書いてありました。八時丁度に着いたけど。
番号札は33番目でした。去年は7時過ぎに行って待ちました。今年は「おひさま」を見て
家を出たので遅くなりました。もう、既に受付は始まっていました。
3人ずつ番号で呼ばれて。早いスピードで私の番は直ぐ廻ってきました。

去年の検診では子宮頸がんの疑いで「再検査」の封書が届きました。
主治医の紹介で産婦人科に掛かり、今は5ヶ月に一度の細胞検査をしてもらってます。
一週間前その検査を終えたところです。今日は結果を聞きに帰りに廻るつもりです。

「33番さん」と呼ばれました。書類に手落ちもなくお金を支払いました。
「2日間の便は持ってきましたか?」「はぁ~い」元気良く提出しました。
だって、悪戦苦闘の作品なんだもん!

便秘勝ちの私にとって、2日間の便採取は悩みの種です。
当日朝のと、その前日の2回分。どうやって採ろうかなぁ~と。悩みの種。
友だちの集まる席で何気なく呟くと「大丈夫、私のうん〇あげるから」と(@ー@)
すかさず、もう一人も「二日目のは私が上げるから」なんて!優しき友人の多い私!

さいわい、だれのも貰うことなく。頑張りました^^;;
2時間少々で全てを終えることが出来ました。ひと月後に結果が送られてきます。

産婦人科へ廻りました。これまでと同じ結果でした。この先ずっとつづけるの・・・?
「軽くなるか、悪くなるか!悪いと手術でしょ!このまま半年に一度来て下さいね」
女医さんにそういわれて帰ってきました。

前日から夕食を抜いていたのでお昼はご馳走を戴きました!
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美味しいものを食べていたら、自分に勝手のいい。
要するに、いい事だけしか頭に残らない、自分流の診断結果が残りました。
「あぁ~!すんだ、済んだ!おわった、おわった!」そう声に出して言いました!
赤い、可愛いクルマに乗って、演歌を歌いながら帰ってきました!

さくらんぼ
帰ったら、お友達が飛び込んできました。「今年は二週間も遅れたんよ」
そういって袋を空けたら・・・
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この時期、毎年カナダの伯母様から届くさくらんぼなんです。
日本の色と違ってワインカラーに近い、濃い色のチェリーですな。これだけは、こっそりと

他のものとは扱いが違います。
なんでも、その場で開けて、切ったり、分けたりして、皆さんに直ぐ配ります。
イチジクとさくらんぼは。蓋をして裏へサッサと持って入ります。誰にもやんない!!!
うふふ^^♪ 一人食いの美味さしてます♪♪♪ 
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by kazumi1713 | 2011-07-31 09:33

土用干し

完成しました!
最近お天気がハッキリしないのよね。
春のように気温が下ったり、台風の風が吹き荒れたりして。
そのあとは・・・雨が降ったり、曇ったりと。どうなってんでしょう!
カァーっと照りつける日が3日間欲しいのです。晴れてくれないかな!
と言うのも、梅の土用干しをしたいんです^^♪

そして、とうとうその日は来ました。3日間照りつけてくれたのです。

6月に漬けた梅、梅酢もたっぷり上がり、赤紫蘇も入れたし。干さなくっちゃァ~!
土用干しって大切なのよ!太陽の強い熱で梅を殺菌するのよ。その他にも
     ☆ 余分な水分を蒸発させて保存性を高める。
     ☆ 太陽の熱と夜露を交互にあてて、皮や果実を柔らかくする。
     ☆ 色を濃く、鮮やかにする。
     ☆ 風味豊かなまろやかな味にする。
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母の梅は美味しかった!一体どのような漬け方をしていたのかなぁ!
聞いておけばよかった。習って置けばよかったといつも思う。
ああだ、こうだと失敗を重ねて、この数年どうにか自分流に漬ける事が出来るようになった
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屋根の上に三日三晩干していたっけ。つまんで失敬していた幼い頃を覚えて居る。

晴れの続いたある日、外に出しました。1日目と2日目は夜になると取り込みました。
母は3日間とも外に出していたような。私は雨が心配だったので毎晩取り込んだ。
こうして干して、漬け込むのは「梅干し」といって
土用干しをしないでそのまま梅酢に漬けて保存をするのは「梅漬け」と言います。
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土用干しの方法は
 初日は、朝から夕方まで干して(途中で裏返します)、夕方に取り込む。
 2日目と3日目は、朝から夕方まで干して、天候がよく雨が降る心配がない場合は、
 取り込まず、次の日の朝まで干し続けますと、夜露にあたり、梅が柔らかく仕上がる
 やわらかく仕上げたい場合は、4日目の朝のうちに取り込み、保存ビンで保存します。

そのように書いて有りました。
結局私は2日間は朝出して、夕方取り込み、3日目は夕方取り込まず夜露にあて
4日目は一日中干して、夕方瓶に戻しました。
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左の梅は、干さずにとり置きしていた物で。右側は3日間干して漬け込んだもの。
チョット大きくして見ますね!
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左側は干してないから「梅漬け」 右側は3日間干した「梅干し」
なぁ~んだ。変わりないじゃ無いか・・・なんて、言わないでね。よく漬かったんだから?
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干した日からまだ、3日しか経っていません。でも、ショウガも上手く漬かったことよ♪♪♪
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こうして、我が家の梅の漬け込みは完了です(>0<)
いつもながらジコチューでして!!!
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小さな花
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by kazumi1713 | 2011-07-26 21:06

東京見物(8)

三大人気スポット
心引き締まりますね!皇居前広場!
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旅行3日目、最後の日は三大スポットを回りました。↑ここへは一番に^^♪

はとバスの東京見物、三大スポットとか・・・載ってました。
浅草、あぁ~、そうかもしれない。でも、みんな行った事(行ってても)覚えてないなぁ!
皇居前広場、ここ!ここは絶対外せないな。行こう!行こうっと!
それから、東京タワーなんです。ヤッパリ一番人気だわ!
電車に乗ってても、バスの窓外から見えても、夜景も!タワーが見えると歓声が出たよ!
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昭和33年、高度成長時代に日本の象徴となった東京タワー!
下から見上げると、後ろに転びそうになる高さ。来年4月にはスカイツリーに
その高さで一番の席を譲るのですね!でも、高くて、赤くて、すてきなんだわぁ~♪♪♪

二重橋
 平日です。いつもより観光客は少ないかもしれません。お正月にはこの場所がテレビに!
 松に芝生、目に染入るようでした。ジョギングの人、ベンチで休む人。平和な日本!
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なぜかしら。楠木正成の銅像がコースに入っていました。ん?どうして・・・楠木正成なの!
東京の三大銅像に入っているのだって。因みに上野の西郷隆盛、靖国神社の大村益次郎像
いやいや、間違っているかも。都内には銅像が沢山有るらしい事はたしか!
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ガイドさんに聞きました。
後醍醐天皇が足利尊氏を追討しようとしたが、中々手強くどんどん京に迫る。楠木正成は尊氏と和睦をしろと天皇に献策するが受け入れられない、遷座して逃げる事も伝えるが受け入れられず、西国武士何10万という足利軍と単身戦うしかなく、
絶望的な戦いに向かった楠木正成だったという! ・・・という事だそうです^^♪
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明治時代になり王政復古のなか、昔の天皇家に忠誠を尽くした武将たちが顕賞された
楠木正成を後に稀代の忠臣として讃えるようになり、皇居に銅像が建てられたという事です
 顔の部分は高村光太郎氏が手がけたというので、大きくしてみました!。

                  ☆☆☆~*~*~*~☆☆☆

東京タワー
 地下鉄に乗って、孫娘の手を引いて、雪の降る東京タワーを見学したのは一昨年か^^♪
 バスツアーは最高です。今回はタワーに横付け!窓から見上げました。
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一気に展望台まで上がります。ここは150mの高さかな!下を覗いてみます!!!
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「もっと、高い特別展望台もあるのよ!料金払って行こうよ!」
と言うわけで、エレベーターの前に並びました。さらに100mも上に上ります。
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あっと言う間に着きました。エレベーターからの眺めは「朱の幾何学模様」でした!

皆さん、意外とここまでは上がってこないのでしょう。広く、ゆっくりと見学できました。
東方面にはスカイツリーが真正面に見えました。250mの高さから眺めるのは爽快!
それにしても、とっても良いお天気に恵まれましたよ!
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浅草は初日に掲載したので省きます。(7/4 ↓)
こちらは、スカイツリーで、とっても燃えている町でしたよ!
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長いことお付き合いくださりありがとうございました。
ひと月近く掛かりましたが、今回のおのぼりさん一行のお話にお付き合いくださり
とっても、ありがとうございました。地方から見た東京のお話でした。ありがとうネッ!!!

その他
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by kazumi1713 | 2011-07-23 10:15

台風

風が吠える!
今日(19日)お昼過ぎ、2時ごろが一番吹いたかな!
 家がユサ・ユサ揺れます。築30数年は・・・川べりは怖いですよ!
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フツー、このような草木が・・・
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南から(四国方面)ひと吹きで!すごい!二階に一人で居ると恐くって!下にお引越し

「そうだ!写真に残そうっと!」それで飛ばされそうになりながら(軽いので)!
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川面にさざ波揺れて。草木も倒れそうになりながら。
今夜、県内に最接近すると、報道されたけど。今は風も止んでます^^♪

皆さん、台風の被害は無かったでしょうか。お見舞い申し上げます

                 ☆~**~☆~**~☆

東京見物(7)
藤沢・江の島
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江島神社へ参拝しました。江ノ島を見ながらなんどか湘南海岸を通っていました。
この島内を見学できるとは思って無かったです。
江ノ島をバックに、毎朝テレビの天気予報の画面をテレビから受け取っていた私です
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バス車内から撮りました。窓ガラスの加減でブルー掛かっていますが。
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橋は人道橋と車道の二本架かっていて、400mほどの距離でした。
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エスカーと言う乗り物、350円払って乗りました。3箇所位付いていました。お年寄りや足の弱い人用に掛けられたエスカレーター。(点線部分です。ラクチンでした)
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降りた所で大きな歓声が聞こえました。若い人々が取り囲んでいます。
早速、かき分けて見ると。
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どうやら、大道芸の様です。手に持ったピンを3本廻します。その足元は・・・
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オットと!怖いなぁ~!でも、とっても上手じゃなぁ!

江の島の頂上、広場から海を撮りました。これは太平洋じゃなぁ~!
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島の北側、ここはヨットハーバーでした。そのヨットの数の多いこと!
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帰りのエスカーは無く歩いておりましたが、エッと思うくらい早く下りる事が出来ました
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「青銅の大鳥居」です。今から200年ほど昔・江戸時代ものです。
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鳥居を潜った所は人道橋の袂でした。この日も大勢の若い人達で一杯でした。
周りからは魚介類の浜焼きの美味しそうな香りが漂ってきてヨダレが出てきます^^;;
短い時間だったけど、効率よく見て回ることができました。宮島の半分位の島かなぁ

児玉源太郎
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by kazumi1713 | 2011-07-19 21:11

可憐な花よ

なでしこ
五輪と年齢制限の無いW杯で日本がメダルを獲得するのは、
1968年メキシコ五輪で男子が「銅」に輝いて以来の快挙!


今朝の新聞に乗っていました。「なでしこ 初の決勝」
文字は大きく踊っています。そっかぁ~!メキシコといえば息子の生まれた・・・43年前!
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サッカーの女子ワールドカップ・ドイツ大会の準決勝で「なでしこジャパン」は
強豪スウェーデンを倒し決勝へ進んだのです!

早速、先日のユスラ梅・果実酒を手に、乾杯の私です。
凄い事ですよ!
明るいニュースで、今朝のテレビは騒がしい!いや・・・それはアタシの事です(泣)
この日曜日(日本時間早朝)には、男の子に負けないほどサッカーが上手な女の子は、
日本中の期待を担って、最も厳しい戦いに向かうのよね。
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この愛称は、アテネオリンピックのアジア予選として行われた「AFC女子サッカー予選大会2004」の際に「大和撫子」ということばがよく使われていたため、それをもとに「世界に羽ばたき、世界に通用するように」との願いを込めて「ジャパン」とした・・・と書いて有りました。

いい名前ですね。花の写真も借りました。
明後日の試合、楽しみです。勝って欲しいな!
でも「ここまで来たら充分です」がホンネです。本当に「夢と希望」という
最高のプレゼントくださったんだから!

                ☆~~~*☆*~~~*☆*~~~☆

鎌倉の大仏様(6)
長谷寺から炎天下の道を歩いて移動しました。1~2キロの路だったかな?
でも、日頃の私、年中マイカー移動の自分にはとってもきつい道中でした。

狭い道の両側に人ひとり通れる歩道が続いています。お土産屋さんだったり一般の住宅だったり。先頭さんが止まるまで汗をポタポタ落としながら。着きました!
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でもでも、大仏様はもっときつそう!だって、炎天下の中、建物の囲いも無いの。
雨ざらしで座っていらっしゃいました。「暑いなぁ~」って声かけたよ!
「中に入って見学できます。10円です。見るほどでもないけど」と誰かさんが言った。
私は暑い所苦手です。入るなんてとんでもない^^;; 遠慮して裏手へ廻りました。
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与謝野晶子句碑が、涼しい風の吹きぬける木々の中に建っていました。
椅子に腰掛けてひと時の涼をとりました。考えてみれば6月下旬、梅雨の最中の事です。
この3日間を境目にして、この国は猛暑の夏に突入していった様な^^;;

この後、湘南海岸江ノ島へ向かいました。暑い思い出となりました。
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by kazumi1713 | 2011-07-15 10:53

老いる!

食事会
今月の「花」と「七宝焼き」
 毎月届けられます。

 終わったら、返します。次の作品と交換なんです。
 彼女達二人はもう、10年以上続けている趣味の作品です!

 今日日、生きた花は弱くって。今月の花はアートフラワー!しかも有り合わせで・・・とか!
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さて・・・と。
最近の私の身辺は忙しくなりつつ有ります。8月のイベントに向けて助走が始まりました
先日も、打ち合わせで「食事会」を持ちました。14名の昔の娘さんたち!!!

「グループのお名前を頂戴してもいいですか」って聞かれ、鸚鵡返しに「ベッピン会」よ。」
エッと、絶句されましたが、重ねて「会えば分かるよ!みんなべっぴんなのよ」と。
さて
当日のロビーの立て看板には「ベッピンの会」とデカデカ有りました^^;
「私、こんな会のメンバーだったの?」と言いながら皺くちゃが集まりました。

今回は16回目です。
市内の景色が一望に見える、小高い丘の上の会場からは暑い夏の日曜日の陽がギラギラと
皆さん、ひと時の寛ぎ、癒しのお喋り時間が持てました。
「16年かぁ~!」そういう実感がグサリと!
生まれたての赤ちゃんが、高校生になると言うのが16年間の年月かぁ~!
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50代の若い私(?)が、古希と言う年齢になろうとしている!
ここに集まる人々の上にも、等しく流れた16年間の重み。へぇ~~~ぇ!

刺身を運ぶ皺々のオテテ、アァ~ンと開けたお口の梅干すだれ^^;; オー・ノー!!!
会話は年金の事、介護のお母様の施設の話。子は孫は・・・・!

下着が締め付けるので、着てきてないの!絞った後にホロセが出来て。痒ぃ~のよ!!!
とまぁ、綾小路君麻呂さんが、飛びつく会話も有ったりして。
そこへ、友だちからのデザートが登場。美味しいフルーツのスイーツでしたよ!
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「歌ってないのよ」とか、「入院続きでね」とか、お断りが続く。
そんな中で、去年と同じ位の人数で、同じ様なイベントを組む事の難しさ。
毎年、難しくなってくる人集め。細腕のワタクスが呼べる人数は限られてくる。

高齢化するって事は、やる気が減るのかなぁ~!
燃えて、頑張った日々は、どこへ行くのかなぁ~!
みんなの笑顔を見ていてそんな事を考えていた私です。
去年と同じ位の人々の参加は?今年は・・・。ふぅ~~~ぅ^^;;ぐわんばるド^^♪
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べっぴん会の昔の娘さんたちは、これからの日々、週一回のお稽古「?」が始まります。
皆さん、キラキラ輝いています!アタシもやるどぉ~!

カメラの先
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by kazumi1713 | 2011-07-13 09:42

鉢の木

いざ鎌倉
鎌倉へ行って来ました。
「エッ!そういう術(て)がある」って人に言われました。そりゃぁ、そうじゃ!
東京見物といって、ハトバスに乗り「鎌倉日帰り旅行」へ出かけたからです。
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建長寺、長谷寺、鶴岡八幡宮、大仏様、それに湘南・江ノ島だったのです。
アジサイ祭真っ盛りの長谷寺も裏山ののアジサイの小道は予定には入っていません。
時間が無いから、本殿に手を合わせるだけ・・・なんていわれて^^;;
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だから、詳しい説明はここで
なんと。ブログ友のnaoママさんが、同日、同タイムニアミスで訪問されていたのです。
さすが、地元の方、彼女のブログを読まれたほうが詳しいです。

私たちの鎌倉はなんといっても「鉢の木」でしょうか!ご存じですよね。
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鉢の木
鎌倉時代のお話です。一人の僧が、上野(こうずけ・群馬県)の寂しい田舎道を歩いていました。僧は信濃(しなの・長野県)を行脚していました。その晩は大雪になりました。一夜の宿を探さなければなりませんでした。幸いにも一軒の家が見つかり、戸口を叩きました。

「愚僧は、諸国を旅する修行僧です。外が暗くなってしまいました。今晩ここに泊めていただけないでしょうか。」「つれあいの許しがあっても、お客さまをもてなす余裕はありません。粟(あわ)の御飯しかございません」上品な妻女はそのように言われましたが泊まる事となりました
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夫は立ち上がると、外に出て、盆栽を三鉢持ってきました。
「どれもみんなすばらしい盆栽ですね。」
「これをくべて暖を取りましょう。裕福だった頃は、植木も沢山ありましたが、今はそんな余裕はありません。みんな人にあげてしまいました。それでも、松と桜と梅の三鉢だけは手元に置いておきました。せめてものおもてなしに、この木をくべて暖を取りましょう。」

主(あるじ)は、まず梅の木に斧を入れ、火の中にくべました。春の先駆けは梅です。次は桜、あの美しい花を思い出しました。そして最後に松、あのいつも変わることのない緑の葉を思い出しました。鉢の木は勢いよく燃えだし、囲炉裏を囲んで座っている三人を暖めました。
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「それなりのお方とお見受けしました。お名前を、是非とも。」と訊ねると
「是非と言うのでしたら、今はこんな身ではございますが、かつては佐野(栃木県)と
言う所の領主、佐野源左衛門常世(つねよ)と申します。」
「一体何があったのですか。」
「身内で謀反(むほん)が起こり、領地を奪われ追放されました。」
「どうして鎌倉殿に報告しなかったのですか。」
「あいにく当時、執権殿は鎌倉におられませんでした。諸国を行脚しているとのことでした。今は貧しくとも、武士の誇りは忘れておりません。あれをご覧下さい。」
主は床の間を指さしました。
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「私の鎧(よろい)、兜(かぶと)、刀です。馬もいます。いざ、鎌倉という時は、あの古びた鎧を身にまとい、刀を腰に差し、馬に打ち乗り鎌倉めざし、戦いが始まれば先陣をきります。惨めな負け犬として生きるより、潔く死ぬ覚悟です。」

実は、その僧こそ第5代執権(鎌倉幕府政将軍補佐の最高職)北条時頼その人でした。時頼は鎌倉に戻るやいなや、下知(げじ)を出しました。

    関東一円の全領主は、家臣とともに、ただちに鎌倉に参上のこと


我が国の一大事と思ったのは、まさにあの男でした。古い鎧を身にまとい、刀を腰に差し、馬にまたがり、鎌倉に急ぎました。何千もの武士(もののふ)がすでに集結していました。古くてぼろぼろの鎧をまとったみすぼらしい男は、みんなに笑われていました。
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「あの晩、こう申したな。『いざという時は、鎧をまとい、刀を差し、馬で鎌倉に出陣する。』と
その通りの行い、あっぱれであった。武士達に鎌倉に集結せよ、と命じたのは、お前が約束を守るかどうか確かめたかったからだ。約束どおりであったな。所望するものを何なりと申してみよ。先ずは謀反人からお前の領地、佐野を取り戻して進ぜよう。謀反人は後で成敗しよう。
植木を焚いてくれたこと、大変うれしかった。あの親切忘れてはおらぬ。確か、梅と桜と松であったな。返礼として、三つの場所、加賀(石川県)の梅田、越中(富山県)の桜井、上野(群馬県)の松井田を進ぜよう。」
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鎌倉と聞くと
私たちは瞬時に、このいざ鎌倉を思い出します。でも、今回の旅行で訪れた長谷寺
アジサイの美しいお寺の事は一生忘れないでしょうね!
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東京シリーズ(5)
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by kazumi1713 | 2011-07-11 22:34

梅雨明け

移りにけりな、いたずらに
昨日(7/8)の、お昼のニュースで「梅雨明けと言われた。
例年より2週間も早い・・・と、報道されていました。
なんだか、床がジトジトしていたのも、心が塞いでいたのも ♪~カラリ!!!~♪
昨日までこの2日間降りっ放し!川の水は増水し褐色の水が濁流となって流れていたよ!
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通る時に水の雫をこぼすモミジの枝を切ろうと裏に出た。
そこで見つけたのはユスラ梅の赤い色!ビックリ!
去年植えたっけ!春先に白い花が咲いていたっけ!でも・・・でもでも!
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こんな「贈り物」して呉れるのかい^^♪ 嬉しいじゃぁありませんか!
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こんなに、沢山有りました。この輝き^^♪
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カメラが良いんじゃ、有りませんよ。うふふ^^♪
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焼酎に漬けました。こんな喜びをいただける自然からの恵みです。

可哀そうなのは、この梅です。
葉っぱの蔭に隠れていたばかりに、今もこうしてぶらさがってて!
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「おぉ~、よしよし!」と言って捥ぎました。木にしっかり抱き付いていました。
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捥いだものの・・・。この子達の嫁ぎ先に頭を抱えています。
それにしても、見事に太るもんデスね。仲間達はもう、赤く化粧しているのよ!!!

それから
これはアオギリの切り株です。4年前に切りました。気が付かなくってね?
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倉庫とブロック塀の間から出てきて、気が付いた時には2m以上もも育っていました。
樹木に詳しい人にノコギリで切ってもらい、その時、教えて頂きました。
枯れ薬品を撒いて、雑巾を撒き、その上をナイロン袋で覆うと。その通りにしました。
その年も、翌年も、その次の年も。横から新芽が出てきます。摘みます。出ます。又摘む!

あぁ~!この闘いはずっと続くんだわ・・・と思いました。
でも、このままじゃ倉庫がもっともっと押されるよ。アオギリと私の闘いは3年間は続いてます
手前の白いのが倉庫です。5センチ位の隙間がいつの間にか押されて!広くなってて^^;;
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今年は一本も新芽が付いていません。いつもはタラの芽みたいに育つのよ。
どう見たって、こりゃぁお陀仏だよね。ヤッパリ人の話は聞くもんだ!アオギリに勝ちました。

被災した広島、この後10年は草木も生えないよといわれてた。
その広島の町に一番に育ってゲンキだったというのがこのアオギリ!逞しい樹なんだわ。
でも、倉庫が芽一杯押されるのよね。ゴメンね。

           ☆~***~☆ ☆**~~*☆ ☆~***~☆

道路工事、終わりました。
護岸工事でメタメタになってた道路最終はアスファルト舗装です。その前に
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このような下地の後。
ビフォー!
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我が家の前の護岸工事3ヶ月掛かりました。最後の仕上げはアスファルトの舗装工事!
このように立派に仕上がりました。
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アフター!
とっても綺麗になりました。道幅も少し広くなって^^♪嬉しいです!

プロフェッショナル
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by kazumi1713 | 2011-07-09 09:10

吉備路

ハスの花
お休みの日、カメラを提げて吉備路を歩いた。
家から60キロ、岡山・総社に「国分寺」が有ります。広島に移り住み40数年になるけど
こうして、岡山、吉備路を歩く時、ホッとするものが有ります。

芝生の中に座ったり、田圃の風景を見ていると母が画面に入ってきます。
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そうか!ラッキョウや梅を沢山漬けながら、心で語りかけていた母に会いに来たんだ!
そう思った!
母は、岡山に生まれ、そこに嫁ぎ、亡くなるまでの生涯を岡山県人で過したのよ。
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余り外出を好まなかった。料理が好きでね、朝から晩まで台所に立ってたよ^^♪
母の漬けた梅干は絶品!「漬け方」しっかり聞いておけば良かったと思う。
ある朝、突然死した。心臓病の発作だった。72歳でね。早すぎる死だった。
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私は45歳だったわ!でも、最近私もそれくらいの年齢でお迎えが来たら良いなって!

私は三人姉妹。母の亡くなるふた月前に姉が亡くなってね。
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姉の力って凄いのよね。総領の生まれつきは統率力がある。しっかり束ねていたよ。
江のドラマじゃ無いけど、茶々の事、姉の性格を見るような。
残された真ん中娘の私、ずっとジコチューの性格、貫き通しています^^;;
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ご覧頂いてるハスの花は「高松城址公園」のハス畑の花々!国分寺の近くにあります。
平日の朝早い時間、人も少なくしっかり鑑賞しました。

風がきついからか、撮り方が拙いからか?なんとまぁ~、お行儀の悪い花びら!
まるで、ワタクスの性格のようにアチャコチャと^^;;
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二つはす池があって、も一つの方はもう終わっていた。80代のおじいさんに聞いたけど
「アッチの池の花は終わったの」 そしたら・・・あれは八重じゃ!コッチのはシングルよ!!!
「エヘッ。シングルかよ!面白ぇ~なぁ~!」私はいつの間にか岡山弁に。
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八重の花は終わっていましたが、8月頃まで楽しめるシングルのハスの花でした!

                 ♪~~~☆~***~☆~~~♪

東京見物(4)
 2日目はハトバスに乗って鎌倉見学と決めました。
 紫陽花の美しい「長谷寺」と湘南「江ノ島」がコースに入ってたからです!

 東京駅八重洲口8時出発、横浜の町を抜けて鎌倉まで!
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今から10年ほど前来た事が有ります。この石段へは10人ずつ進めることになってました。
それはお正月3ケ日の参拝だったからです。手前の所にロープが張られ一度にどっと進めなくなっています。係りの人の案内で登った事を思い出しました。左側の囲いは倒れた大銀杏の跡ですね。
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上から参道を振り返って見ました。
今度はこの祠の御簾越しに、下りてくる友だちを撮って見ました。
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暑い日でね。もう、歩くのがイヤ・・・と、何度も思いました。
遠足の児童の多いところでした。先生が大きな声で叱っていました。
女の子を見ると小学三年生の孫娘と重なりました。ここから家は近いよね!
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建長寺も、アジサイの花が満開でした。ツアーは駆け足の見学です。でも
クーラーの利いたバス車内は、まるでゴクラクでした。この日の温度は35度以上あった!
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夜の部
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by kazumi1713 | 2011-07-07 09:03

7月の花

梅雨、早くあけないかな!

大御所徳川家忠の正室にして将軍家蜜の生母、
さらには天皇の姑にしてその生涯を終えた女性、その人って!

友だちが「貴女も読んでね」といって、写真がおおくて字の少ない本を呉れた。
テレビドラマの「江」のストーリーダイジェスト本でした。
これまでちっとも知らなかった、江というお姫様の話、しっかり読ませて貰いましたよ!
友だちが活けてくれた、今月の花を見ながら、お話して行きましょうね。
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テレビドラマでは二番目の夫、秀吉の養子豊臣秀勝と結ばれた所ですよね。
出征していた秀勝は唐島陣中で亡くなります。
江は臨月を待たずに女の子を産み完子(さだこ)と名前をつけます。

江が23歳の時(1595年)家康の三男秀忠との縁談が持ち上がる。江23歳、秀忠17歳
5年前、初めて会ったときから皮肉屋の彼が気に入らなかった江だが、家康には好感を持って迎えられます。翌々年女の子が生まれます。名前は千姫、徳川家以上に秀吉が喜び秀頼の許婚に決めてしまう。

2番目の姫、子々(ねね)姫、前田家二代目当・利長の弟で、次の当主となる利常の妻に
3番目も姫に恵まれる。家康が征夷大将軍になった頃生まれたのが4番目の姫。
この子は子どもの生まれなかった姉「初」の所へ養女となってもらわれていく
(京極高次・姉初の夫の死後、側室の子の正室と成り京極家を継ぐ)

第五子に待望の男子、嫡男を産む。幼名を竹千代、家光の誕生だった(結婚して9年目)
家康が遣わした乳母はお福、明智光秀の家老だった斉藤利三の娘で後の春日の局
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はぁ~~!
花もいいけど、このサクランボも美味しいよ。山形から届いたサトウニシキ。へヘッ、頂き物!

さて
慶長十年(1605年)家康は征夷大将軍を秀忠に譲り秀忠が二代将軍になった。
自身は大御所となり駿府の城に住むようになった。
その翌年第六子が生まれた。男の子だった。名前は国松。この子は江のたっての願いで
乳母ではなく自分の手で育てる事となった。
乳母に育てられた竹千代(家光)と、江が育てた国松は後に苛酷な跡目争いになるのよね!

1607年、江は第七子を産んだ。再び女児だった。名を和子(まさこ)とつけた。

1616年、家康倒れる。その時家康から秀忠の隠し子、保科正之の存在を明かされる。
その数日後、家康は75歳の生涯を閉じます。

1620年、和子14歳の時入内が決まった。相手は後水尾天皇(25歳)
(1623年、徳川家の長男家光、三大将軍となる。秀忠は大御所に)
その年、入内した和子が後水尾天皇との間に興子(おきこ)内親王を出産、この興子こそ
奈良時代の考謙天皇以来860年ぶりの女帝となる明正天皇なのです!
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とまぁ~~!
江のドラマは、これから後半に入っていきます。
秀忠は側室を持たなかった・・・と聞いていましたが、保科正之と言う4男の存在に驚かされました。江の逆鱗に触れるというので養子に出され、他家で成人しますが、その後家光とは兄・弟でよい関係を紡いでいきます。ドラマではどのように展開していくのでしょうか!

母のお市の方の織田、浅井の血を残すという遺命を果たしたのみならず、
幕府と皇室にまで血を伝えた「お江の方」
1626年江戸城西の丸で江はその波乱の生涯を閉じます。享年54歳!
(エッ!若いでないかい!そんな年で逝ったのか!今の世だったら・・・まだまだ!)

伯父の織田信長が語った、千利休も言った
「戦の無い、平和な世が何時までも続くこと」を願いながらその一生を終えましたとさ!

浅草・浅草寺(せんそうじ)
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by kazumi1713 | 2011-07-04 09:25